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インターネット

ネットで知り合ったかつての親友が、

「ネットだろうと、自分が友達だと思った人が友達」

と言っていた。

それまで、「必要なだけの助け舟を出したらさよなら」

くらいの人間関係を繰り返していた自分を捕まえた人だ。

 

残念ながら彼女との縁は切ってしまったが、

他人の中に飛び込んでいける勇気や強さを今でも尊敬している。

彼女のおかげで、自分はずいぶん捕まえやすい人間になった。

 

私は誰のことも捕まえない。

「あ、逃げたな」

そう思うだけだ。

次は陽当たりの良い場所をみつけてね。

ここよりマシな場所がみつからなければ、また戻っておいで。

私はもうしばらくここにいるつもり。

 

ネットは私の世界ではない。

世界のオプションだ。

嫌なものは見なくてもいい。

今日の自分を消して、明日は別人になればいい。

適当な名前を名乗ればいい。

自分はそうやって生きてきた。

 

ネット社会の正解ってなんだろうね。

まあ、普通の社会の正解もわからないね。

陽当りの良い場所をみつけても、勝手に友達だと思っているよ。

 

コートをクリーニングに出しそびれました。

こちらはココアの季節はおしまいです。

きっとすぐに暑くなる。

きっとすぐに日陰を探すね。

祝われるのが苦手

パソコンが壊れてしまったので、あまりブログを書く気になれない。

あとは単純にお仕事が忙しかった。

今月は飲み会もいくつか入っているし、無理しないで頑張る。

 

お祝いの言葉を受け止めるのが苦手だ。

祝われたいポイントが、一般とズレているようだ。

誕生日や卒業や結婚や出産、人生で祝われるタイミングは度々やってくる。

その度に、「特にめでたくもないな」と思う。

 

「これからの一年」「新しい生活」

そんな曖昧な敵を、祝ってやる気になれない。

これから戦う強大な敵を相手に、うんざりしているところだ。

「これまでの一年」「これまでの生活」

なんとか折り合いをつけてきた日々の、達成の印として祝われるのであれば、祝われるのも悪くないなと思う。

 

一方で、人を祝うのは好きだ。

好きな人の努力に対して、

「お前はよくやった」と相手に伝える良い機会だ。

 

つまり、こちらは祝いたいが、特に祝われたくはないのだ。

 

けっきょく、人は祝いたい気持ちを相手に押し付けるだけなんだろう。

それにどう付き合えばよいのかわからないのだ。

せめてプレゼントでも貰えば、金品に対する感謝の心が芽生えるので、何かください。

対して、捻くれ者の私は、曖昧な作り笑顔で「ありがとう」と言うのだろう。

本当に付き合いにくい人間だ。

 

強大な敵を倒す1日がはじまる。

金曜日だから敵は雑魚だ。

消化試合をやり過ごす。

頑張ろう。

常識

世の中には、見えない常識やルールがたくさん存在する。
規則があればそれを取り締まる人間がいる。
正義感に溢れた「常識的な人間」は、とてもルールに厳しい。
明文化されていない法律を振りかざして、集団を淘汰する。
そうやって平和な集団を維持するのが社会だ。

一方、規則を守らない人間は必ず一定数存在する。
身体的・精神的に規則を守ることが困難な人。
選択的に規則を守らない生き方を選ぶ人。
規則の「雰囲気」を一切感知できない人。

元来自分は、見えない社会ルールを一切関知しない人間だった。
一方で、感知していたとしても、やはり規則を守らずに生きてきた。
見えないものを拒絶し、ぼんやりとした束縛を良しとせず、
正論をぶつけて、自分を自由にしてきた。
感情的かつ論理的に屁理屈をこねる、厄介な人間だ。

 

全部自分で選びたい我儘な人間だ。
「普通」や「みんな」を一切信用していなかった。
「多くの人が良しとすることの中には外れが少ない」ということが理解できなかった。
今ではわりと「価格コムや食べログは便利だ」とわかっているから、

かなり社会に適応してきたなと思う。

 

全ての見えないルールをないがしろにして生きてきたからこそ、
逆に誰にも虐げられることがなかったのだろうと思う。
中途半端に一部を拒絶すると、取締班に捕まってしまう。


「どうしてそんなルールが存在するのか」
そんなこと、誰も知らない。
私はそこを突いて、常識がないまま生きてきた。

 

最近「あなたが間違っている」とはっきり言われた。
他人とのいざこざを起こした自分を見た第三者の言葉だ。
自分の言動に共感した上で、この結論に行き着いたようだった。
つまり、彼は「それは駄目なことだ」と他人から言われてきたのだと思う。
私の勝手な想像だが、
「自分が禁止されたルールを破っている私は、
過去の彼と同様に間違っているに違いない」
という理屈なのだろう。

 

ところが私はそんな自分の過ちを正して反省することなく、のうのうと暮らしている。

私は誰かを傷つけたかもしれないが、なんと、誰も殺していないからだ。
自分にとっては、他人から与えられる正義も正誤も無意味だ。
私は犯罪を犯していない。
法的に悪いことをしていない私は、そんなに間違えてはいない。

傷つけた人には悪いが、「ごめんぴょん🐰」くらいの反省しか持ち合わせていない。
私は彼が押し付けたがった常識を見なかったことにした。

 

こういう風に、私は屁理屈をこねて、
自分を動けなくするわけのわからない常識から逃げ、自由に生きてきた。
私は他人と同じことができない人間だ。
だから、人に合わせられないし、そうできる人ってすごいと思う。
自分にとって人に合わせることは無価値だ。

そんな無意味なことを続けられる人って、偉大だと思う。

 

人に合わせることに固執する必要はない。
個々が自分の意見を持つべきだ。
集団に流され、多様性を失った社会は、
我々のような異端者を受け入れてくれないだろう。
受け皿が欲しくてここに来たのなら、
多少のルール違反も大目に見るべきだ。

 

私は誰のこともそれほど嫌いではない。
めんどくさい人はブロックしているが、殆どの人は「普通」だ。
自分の受け皿になってくれる人がいると自覚しているから、
他人のことも完全に拒絶することはない。
意見の押しつけやいじめには賛成しかねるが、
だからといってそれをした人間に憎しみを募らせることもない。
人は弱いから仕方がないと思うだけだ。

 

人に嫌われることが怖くない分、きっと自分は強いのだろう。

幽霊船でワンピースを目指す

ネットでいろんな人をやってきた。

おじいさんをやっていた時はなかなか面白かった。

あまり疑われないと、こちらが困るね。

アイコン絵師をやっていたこともある。

中高生に大人気。

要するに、自分にとってのネットは暇つぶしでしかないのだ。

全力で遊んでいるので、あまり無粋なことはしないでいただきたい。

 

ネットの海を漂流して、たまに変な人を拾う。

陸上生物のくせに、たまに海の真ん中で溺れているバカに会う。

私はそういうバカがとんでもなく好きなんだと思う。

うちの船に乗っていけばいい。

好きな島で降りていいぞ。

船にいても、まあ構わないかな。

重くなりすぎたらきっと自分は船を乗り捨てるけど、拾ってきた奴らだけでも船旅は続けられるからな。

 

こんなワンピースはきっと映画にできない。

大衆向けには生きられない。

海賊王?なにそれ?

人の上に立つ仕事はくたびれそうだな。

 

幽霊船の船長のようなネット活動は日常には「足らない」。

一昨日も、昨日も、特に何もない1日だった。

私は今日も仕事をして、帰宅してご飯を食べて寝る。

そうやって普通に生きているだけだ。

 

最近特になにもないのだが、そういえば暇な時間にラインを送る友達ができた。

よかったなと思います。

それ以外はなにもなかったな。

 

さて仕事しよ。

コンプレックス死

「お前のこと、そんな簡単に嫌いになんてならねーよ」

そう思ってる。

相手にそう思われている自信は持てない。

 

自分はとても感情的だ。

双極性障害は感情をコントロールできない病気らしい。

寛解しているが、完治したわけではない。

社会になんとか適応しているだけだ。

会社で何度も泣いているし、怒ってる。

それでも許してもらえるのは、人に恵まれているのと、

周り中(隠れ)メンヘラが多い職場だからだろう。

 

挨拶さえままならない人。

何度もミスして書類を再提出する人。

会議の時間を必ず忘れる人。

鬱で休職していた人。

パニック障害の人。

そんな人たちと仕事をしている。

きっと彼らは、研究職しかできない。

私より重症だ。

 

「もう少し感情を抑えられたら、きっともっと仕事ができるのに」

「冷静になれないのは本当に勿体無い」

これが私を殺す言葉だ。

感情的になる自分を憎み、自己嫌悪し、諦め、今の自分がいる。

「ヒステリーを肯定している」は、正しい。

そうせずに生きることができない。

自分の命と天秤にかけて、諦めて生きることを選んだだけだ。

コンプレックスは人を殺す。

諦めていなければ、自己嫌悪で自殺していただろう。

 

ブログを書き始めたのは、そんな「ヒステリーを肯定している」自分を、

わりと受け入れてくれる人がいたから、

人ともう少し関わっても良いかなと考えたからだ。

死にたいくらいのコンプレックスを曝け出して、それでも「なんだそんなことか」と言ってくれる人がいる。

ありがたいことだね。

 

2度としたくないと毎回のように思うが、

きっとまた制御できないあいつが出てくる。

あいつはでしゃばりだからな。

まあ、いいや。

受け入れてくれる人が1人でもいるなら。

 

どうせ、1人も受け入れてくれなくても、諦めて開き直って生きていくのだ。

もう死因がコンプレックスになることはないだろう。

 

「お前のこと、そんな簡単に嫌いになんてならねーよ」

まずは自分自身を嫌いにならないようにしないとな。

精進します。

愛情

痛みを「知ったかぶり」した成功者には、耳を貸さなくていい。
戦う前から負けている人間に対して、
正論を武器に、勝負を挑まないでくれ。

勝手に成功していればよいのです。

あなたの幸せを心から願っています。

 

精神疾患を患い、回復した人が、
患者に対して厳しい態度を見せることがある。
彼らは、「不幸な病人」というステータスを簡単に捨て、
「病気を抱えながらも、苦難を乗り越えた」という、
輝かしいステータスを手にしている。
そして、そのステータスで元仲間達を殴るのだ。
病人にマウンティングして、
「お前らがここまで上がってこないのは努力が足りない」と。

 

「頑張ったら報われる」
「運が悪かっただけ」
そんな言葉で納得して、また頑張れるほど、
HPが残っていない人はたくさんいる。
瀕死・毒・呪い・混乱・石化状態。
あと一歩動けば死ぬ。
顔が紫で体がまだら模様だ。
毒消し草だけもらった所で、事態は好転しない。
「あと一歩で町に入るから、宿屋で回復しよう」と言われても、
右足が毒の沼に嵌っていて抜けないのだ。

 

他人の感情や記憶を自分の所有物にしてはいけない。
他人の不幸を一大イベントにしてはいけない。
確かに、悲しんでいる人を見ると、共感で暗い気持ちになる。
自分にも何かできるのではないかと、相手を助けたくなる。
心配でいろいろ言いたくもなるだろう。

確かにそれは善意だ。

だが、善意や正義を求めていない人だって存在するのだ。

それがわからないなら、わかるまでROMってろ。


けっきょく、我々には何もできない。
顔が紫の人間を捕まえて、
「相手に何かしてあげている自分」に酔いしれるのはやめてくれ。

我々の痛みや不幸は、我々のものだ。
わかったような気持ちになって、ご高説を垂れるのはNG🙅🙅‍♂️🙅🙅‍♂️


知らない人のために言っておくと、
人間の脳みそはUSBケーブルで互いにつながっているわけではない。

衝撃の事実かもしれないが、人間は同期できない。

 

顔が紫で体中がまだら模様、なんなら少し異臭を放つ闇属性。
「石化なら経験済みだからアドバイスできる」って言われても、だめなんだよね。


私には、あなたの痛みや苦しみを、完全に理解することなんてできません。
残念ながら、あなたにあげられるものも、そんなに持ち合わせていません。
「それでも、一緒に考えることはできるんじゃないかな」と思いあがって、

少しだけ話をさせてください。

 

とりあえず文通から始めませんか?
ラインの方が良いなら、ドラクエ派かFF派か教えてね。
ステータス異常のスタンプ買っておくね。