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幽霊船でワンピースを目指す

ネットでいろんな人をやってきた。

おじいさんをやっていた時はなかなか面白かった。

あまり疑われないと、こちらが困るね。

アイコン絵師をやっていたこともある。

中高生に大人気。

要するに、自分にとってのネットは暇つぶしでしかないのだ。

全力で遊んでいるので、あまり無粋なことはしないでいただきたい。

 

ネットの海を漂流して、たまに変な人を拾う。

陸上生物のくせに、たまに海の真ん中で溺れているバカに会う。

私はそういうバカがとんでもなく好きなんだと思う。

うちの船に乗っていけばいい。

好きな島で降りていいぞ。

船にいても、まあ構わないかな。

重くなりすぎたらきっと自分は船を乗り捨てるけど、拾ってきた奴らだけでも船旅は続けられるからな。

 

こんなワンピースはきっと映画にできない。

大衆向けには生きられない。

海賊王?なにそれ?

人の上に立つ仕事はくたびれそうだな。

 

幽霊船の船長のようなネット活動は日常には「足らない」。

一昨日も、昨日も、特に何もない1日だった。

私は今日も仕事をして、帰宅してご飯を食べて寝る。

そうやって普通に生きているだけだ。

 

最近特になにもないのだが、そういえば暇な時間にラインを送る友達ができた。

よかったなと思います。

それ以外はなにもなかったな。

 

さて仕事しよ。

ツイッター

ツイッターは自分向きだ。

自分がツイッター向きかはわからない。

ツイッターSNSではない。

そこが気に入っている。

頭の中をぶちまける場所だ。

リプ送りあって他人の顔色伺うようになったらアカ消しの頃合い。

そこに社会はいらない。

 

単純に「俺モテねーな」ってだけなのだが、まるで超厳選アカみたいになっている。

たいていの場合、フォロー許可は通すようにしている。

フォローを通さないのは数人だけだ。

 

フォローする方は、厳選している。

自分がとんでもなく他人に影響されるので、全く不快にならない人を選んでいる。

調子が悪い時に見て、ブロックしそうな人はフォローしない。

調子が良い時なら問題なく見ていられる人が多いから、フォロワーのつぶやきは暇な時にちょこちょこ見に行く。

気分屋が人間関係を維持するのって大変だ。
フォローしていなくてもそこそこ好きな人もいるが、
ツイッターで繋がりたいかはまた別の話ってこと。

 

フォロー無理ポイントはいくつかある。

まとめて言うと、自分が見たくない話をTLに流す人だ。

見たくない話を「人」という単位でフィルターがけしたせいで、フォローが10人というコミュ障アカになった。

わりと気に入っている。

 

フォロー無理ポイントは3つだ。

 

まず、国際関係や宗教や政治や経済の話は苦手。

実家がカトリックなのと、海外経験があるせいで、思想がマイノリティだ。

他人の意見に、嫌な種類の違和感を覚える。

心がザワザワするからフォローしない。

 

次に、不勉強なのにプライドが高い人が苦手だ。

「勉強するか、プライド捨てるか選べよ」って突っ込みたくなる。

プライドの高さを守るためには、勉強が不可欠だ。

浅知恵と短絡思考では、太りきった自尊心を支えきれない。

土台を固めてから家を建ててくれ。

倒壊寸前の家屋を見ているのはただただしんどい。

 

最後に、自立心がないことを良しとしている人も苦手だ。

別にこれは嫌いでもなんでもなく、苦手だ。

何も話したいことが出てこない。

成長する気のない相手に、少しも興味が持てない。

相手の言葉が薄っぺらくて、心に響かない。

つまらないからフォローする気にならない。

 

まとめると、私がフォローしたい人のタイプは、

①自分が苦手なジャンルの話をツイッターでせず、

②知識人、もしくは、そこそこプライドが低く、

③なんとか生きようともがいている人

ということになる。

 

ツイッターで仲良くなろうなんて、ばからしい。

あそこは独り言を置いておく場所だ。

仲良くなりたいなら、通話やラインやデートで、ちゃんとコミュニケーションとった方がいいぞ。

 

おわり!( •ᴗ•)

 

コンプレックス死

「お前のこと、そんな簡単に嫌いになんてならねーよ」

そう思ってる。

相手にそう思われている自信は持てない。

 

自分はとても感情的だ。

双極性障害は感情をコントロールできない病気らしい。

寛解しているが、完治したわけではない。

社会になんとか適応しているだけだ。

会社で何度も泣いているし、怒ってる。

それでも許してもらえるのは、人に恵まれているのと、

周り中(隠れ)メンヘラが多い職場だからだろう。

 

挨拶さえままならない人。

何度もミスして書類を再提出する人。

会議の時間を必ず忘れる人。

鬱で休職していた人。

パニック障害の人。

そんな人たちと仕事をしている。

きっと彼らは、研究職しかできない。

私より重症だ。

 

「もう少し感情を抑えられたら、きっともっと仕事ができるのに」

「冷静になれないのは本当に勿体無い」

これが私を殺す言葉だ。

感情的になる自分を憎み、自己嫌悪し、諦め、今の自分がいる。

「ヒステリーを肯定している」は、正しい。

そうせずに生きることができない。

自分の命と天秤にかけて、諦めて生きることを選んだだけだ。

コンプレックスは人を殺す。

諦めていなければ、自己嫌悪で自殺していただろう。

 

ブログを書き始めたのは、そんな「ヒステリーを肯定している」自分を、

わりと受け入れてくれる人がいたから、

人ともう少し関わっても良いかなと考えたからだ。

死にたいくらいのコンプレックスを曝け出して、それでも「なんだそんなことか」と言ってくれる人がいる。

ありがたいことだね。

 

2度としたくないと毎回のように思うが、

きっとまた制御できないあいつが出てくる。

あいつはでしゃばりだからな。

まあ、いいや。

受け入れてくれる人が1人でもいるなら。

 

どうせ、1人も受け入れてくれなくても、諦めて開き直って生きていくのだ。

もう死因がコンプレックスになることはないだろう。

 

「お前のこと、そんな簡単に嫌いになんてならねーよ」

まずは自分自身を嫌いにならないようにしないとな。

精進します。

愛情

痛みを「知ったかぶり」した成功者には、耳を貸さなくていい。
戦う前から負けている人間に対して、
正論を武器に、勝負を挑まないでくれ。

勝手に成功していればよいのです。

あなたの幸せを心から願っています。

 

精神疾患を患い、回復した人が、
患者に対して厳しい態度を見せることがある。
彼らは、「不幸な病人」というステータスを簡単に捨て、
「病気を抱えながらも、苦難を乗り越えた」という、
輝かしいステータスを手にしている。
そして、そのステータスで元仲間達を殴るのだ。
病人にマウンティングして、
「お前らがここまで上がってこないのは努力が足りない」と。

 

「頑張ったら報われる」
「運が悪かっただけ」
そんな言葉で納得して、また頑張れるほど、
HPが残っていない人はたくさんいる。
瀕死・毒・呪い・混乱・石化状態。
あと一歩動けば死ぬ。
顔が紫で体がまだら模様だ。
毒消し草だけもらった所で、事態は好転しない。
「あと一歩で町に入るから、宿屋で回復しよう」と言われても、
右足が毒の沼に嵌っていて抜けないのだ。

 

他人の感情や記憶を自分の所有物にしてはいけない。
他人の不幸を一大イベントにしてはいけない。
確かに、悲しんでいる人を見ると、共感で暗い気持ちになる。
自分にも何かできるのではないかと、相手を助けたくなる。
心配でいろいろ言いたくもなるだろう。

確かにそれは善意だ。

だが、善意や正義を求めていない人だって存在するのだ。

それがわからないなら、わかるまでROMってろ。


けっきょく、我々には何もできない。
顔が紫の人間を捕まえて、
「相手に何かしてあげている自分」に酔いしれるのはやめてくれ。

我々の痛みや不幸は、我々のものだ。
わかったような気持ちになって、ご高説を垂れるのはNG🙅🙅‍♂️🙅🙅‍♂️


知らない人のために言っておくと、
人間の脳みそはUSBケーブルで互いにつながっているわけではない。

衝撃の事実かもしれないが、人間は同期できない。

 

顔が紫で体中がまだら模様、なんなら少し異臭を放つ闇属性。
「石化なら経験済みだからアドバイスできる」って言われても、だめなんだよね。


私には、あなたの痛みや苦しみを、完全に理解することなんてできません。
残念ながら、あなたにあげられるものも、そんなに持ち合わせていません。
「それでも、一緒に考えることはできるんじゃないかな」と思いあがって、

少しだけ話をさせてください。

 

とりあえず文通から始めませんか?
ラインの方が良いなら、ドラクエ派かFF派か教えてね。
ステータス異常のスタンプ買っておくね。

好みの人と食べ物

全然余裕だろって思っていてもやはり1月後半はキツイらしい。

1年以上会っていなかった母から誘われて、年始に二人で旅行したのも原因の一つだろう。

憎んでいないから嫌いではない。

むしろ自分はマザコンだろう。

子供は自動的に母親を愛する。

これはもう仕方ない。

 

外出先で食べればいいと思い、一日中出かけていたが、

けっきょく何も食べずに帰宅してしまった。

食べれば美味しいと思うのだが、何故か妥協できないのだ。

美味しくて、心地いい空間で時間が過ごせる、自宅では作らない物を探して歩き回った。

どうしても、自分はマックで妥協できない。

本当に困っている。

 

嫌いな食べ物と、それをどう処理するかについて質問するのが好きだ。

「一緒にいる人に食べてもらう」

「がまんしてなんとか食べる」

「絶対に食べない。脇に避ける」

「そもそも嫌いなものが混ざっている料理は頼まない」

食べ方は、人との付き合い方にとても良く似ている。

 

自分は、好きなものを選ぶとなると本当に厳選してしまう。

特定の好きな物しか食べなかったりする。

ただ、出されたら大抵なんでも食べる。

嫌いだったのは過去で今回は美味しいかもしれないと手を出す。

 

1月を生き延びたので、お祝いにお寿司を食べた。

スシローで満足しているから、そこまで厳選しているわけではないのかもしれない。

もちろんテーブル席。

隣の席の子供が暴れていたので、少しだけ心地よさはマイナス。

もう少し大きくなってから来ようね。

 

お腹がいっぱいになってしまったのでケーキはまた明日。

統合

使う言語によって、自分の人格が変わっているように感じる人は多いそうだ。
自分も、英語と日本語を喋る際の人格が全く異なるように感じる。
特に、自分の場合は、日本語のみ喋る期間と、英語のみを喋る期間が混在しない。
時間や空間を言語と紐付けてしまっている。
日本語を喋る主人格は、高校卒業と同時に時間を止めてしまった。

 

口語として英語を喋っていた期間、つまり、海外在住の間、
自分は日本語を使っていなかったわけではない。
SNSなど、インターネットを通じた日本との交流は、日本語で行っていた。
ACや双極性障害、それにともなう社会不安障害人格障害のはけ口は、
全てインターネットの向こう側にぶちまけていた。
自分のメンヘラ活動は、全て日本語の文字列を書き起こすことで行われていた。

 

自分は3つにわかれてしまった。
新しい人格が目覚めたとか、そんな中二病な話をしているわけではない。
手段としての言語が、特定の情報と強く結びついてしまっていて、
他の手段を用いて伝えることが難しくなってしまったというだけだ。
「英語を喋ること」、「日本語を喋ること」、「日本語を書くこと」
こいつらがなかなか統合しないのだ。

 

三分割された自分を上手く表現できない。

どの自分に対して、何を言われても違和感がある。

自分にも本当の自分(笑)なんてわからない。


そもそも、人間という不確定な生き物を理解するなんて、無駄なことなのかもしれないな。
定義されていない事象は、そういうものと受け流せばいい。
与えられたものは受け入れるだけだ。


きっと自分は持ちすぎている。

たくさん与えられている自分は幸せなんだろう。

科学脳

人と生きていると、人間は常に他人に侵食されてしまう。

他人の言葉を聞いて、感情が動いたり、突然考え込んだり。

そうやって、言葉を介して他人の影響を受けて、わりと簡単に自分を作り変えてしまう。

人間は簡単に他人と混ざる。

 

肉体の境界はわかりやすい。

一方で、人間の肉体以外の部分は、なんだか境界が曖昧だ。

原子の軌道とよく似ている。

とても曖昧だ。

 

たくさん混ざるって、関係を築くってことなのかもしれない。

軌道が重なると、原子は結合する。

混ざらないと結合しない。

反発したりする。

 

今日は科学脳がなかなか静まらない。

どの原子になりたいか考えながら眠ろう。

ホウ素くらいの微妙な感じがいい。