祝われるのが苦手

パソコンが壊れてしまったので、あまりブログを書く気になれない。

あとは単純にお仕事が忙しかった。

今月は飲み会もいくつか入っているし、無理しないで頑張る。

 

お祝いの言葉を受け止めるのが苦手だ。

祝われたいポイントが、一般とズレているようだ。

誕生日や卒業や結婚や出産、人生で祝われるタイミングは度々やってくる。

その度に、「特にめでたくもないな」と思う。

 

「これからの一年」「新しい生活」

そんな曖昧な敵を、祝ってやる気になれない。

これから戦う強大な敵を相手に、うんざりしているところだ。

「これまでの一年」「これまでの生活」

なんとか折り合いをつけてきた日々の、達成の印として祝われるのであれば、祝われるのも悪くないなと思う。

 

一方で、人を祝うのは好きだ。

好きな人の努力に対して、

「お前はよくやった」と相手に伝える良い機会だ。

 

つまり、こちらは祝いたいが、特に祝われたくはないのだ。

 

けっきょく、人は祝いたい気持ちを相手に押し付けるだけなんだろう。

それにどう付き合えばよいのかわからないのだ。

せめてプレゼントでも貰えば、金品に対する感謝の心が芽生えるので、何かください。

対して、捻くれ者の私は、曖昧な作り笑顔で「ありがとう」と言うのだろう。

本当に付き合いにくい人間だ。

 

強大な敵を倒す1日がはじまる。

金曜日だから敵は雑魚だ。

消化試合をやり過ごす。

頑張ろう。